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宮崎地方裁判所都城支部 昭和35年(タ)4号 判決 1960年9月29日

〔解説〕本件の参考判例として、離婚した妻が夫に対し慰藉料と同時に財産分与の請求訴訟を提起した事案につき、同旨の見解に立ち、財産分与の請求を却下した宮崎地裁昭和二九年一二月七日判決(下民集五巻一二号一九八八頁)がある(同判決の判例批評として、市川四郎「家事審判における実務上の問題と判例」家裁月報八巻一二号一〇頁以下参照)。

原告 大久保チリ

被告 増谷春芳

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は次のように述べた。

第一、請求の趣旨

被告は原告に対し大久保千枝子(昭和三三年二月一日生)を引渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二、請求の原因事実

一、原被告は、夫婦であつたが、昭和三五年六月一〇日離婚の裁判確定によつて離婚し、同裁判によつて、原被告間にもうけた増谷千枝子(昭和三三年二月一日生)の親権者を原告に定められた。そうして、石増谷千枝子は、同年七月二〇日、審判によつて氏を大久保千枝子に変更されて原告の戸籍に入籍された。

二、このようにして、原告は、右大久保千枝子の親権者として養育監護すべく、被告にその引渡の請求をしたが、被告はこれに応じないので、親権にもとずいてその引渡を求める。

被告は次のように述べた。

第一、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因事実に対する答弁

一、原告主張の請求の原因事実中一、の事実は認める。

二、同二、の事実中、大久保千枝子が被告のもとにあることは認めるが、被告が原告の引渡請求に応じられないのは次の理由による。即ち被告は原告と別居以来大久保千枝子を養育してきたが、その間一度も安否を気遣つて会いに来たこともなく放置しているうえ、原告家庭には、精神薄弱者がいるので、大久保千枝子に悪戲をし危険であるから環境上原告方で養育するのは適当でない。

理由

第一、職権をもつて、本件訴の適法性について判断する。

一、原告の本件訴は、裁判上の離婚によつて大久保千枝子の親権者に指定された原告が、同女を監護するため子の引渡を請求する趣旨であることはその主張自体から明らかである。

二、家事審判法第九条第一項乙類第四号は「民法第七百六十六条第一項又は第二項(同法第七百四十九条第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合も含む。)の規定による子の監護者の指定その他子の監護に関する処分」と規定しているが、本件のような離婚による子の監護のための子の引渡請求は、「その他子の監護に関する処分」に該ると解するのが相当である(中川善之助編集註釈親族法(下)四八頁以下参照)以下その理由について考究する。

(1)  夫婦は離婚することによつて、夫婦としての法律上の地位はなくなるが、民法は子に対しては子の利益のため種々の規定を置いている。たとえば、同法第八一九条第六項による親権者の変更、同法第七六六条による監護権者の指定、変更などである。これは、親権者を指定することにより、その親権者が一応監護権者となるが、監護は、もつぱら、子の身体の発育のための事実上の監督保護であるところから、法律上、親権者が常に事実上の監督保護者として適任者といえない場合が生ずるので、親権と監護権を切り離して、両者を離婚した夫婦に各帰属させる道を拓いたり、或はその後の事情の変更(親権者監護権者の不在、疾病、権利の乱用など)によつて、親権者監護権者を変更したり、監護の方法に変更を加えることなどを許容することによつて、真に子の利益の保護にそつた臨機の措置がとれるよう弾力性をもたせることを目的としている。

(2)  一方ひるがえつて、家庭裁判所乙類審判事件の性質を考えてみると、法はこの種紛争事件が、訴訟により一刀両断的劃一的に解決されることを不適当とし、その法律関係を、合目的的に具体的妥当性をもつた解決に導かれることを理念としていることが判る。従つて、この事件を処理する家庭裁判所は、広汎な自由裁量権を行使して、具体的妥当な法律関係を形成することを使命としている。

(3)  子の監護の問題は、前述のとおり、子の利益のため臨機な措置を必要とし、又それは、単に民法上の権利者を確定するというより、具体的に誰が親権者となり、或は監護権者となるのが適当か、子の監護のためどのような方法をとるのが、相当かというように、子の利益を規準に自由裁量により決すべき面が多いわけで、法が、広く子の監護に関する処分をも家庭裁判所の乙類審判事件に含ませた趣旨は、ここにあるといえる。これをうけて家事審判規則第五三条は、家庭裁判所が子の監護について相当な処分を命ずる審判をするときは、子の引渡又は扶養料その他の財産上の給付を命ずることができるとしている。

(4)  そのうえ、人事訴訟手続法第一五条は、離婚の訴において、裁判所は、子の監護について必要な事項を定めて、子の引渡を判決主文に掲げて命ずることができると規定しているから、同条から、離婚の訴に附随して子の引渡を請求することは可能であるが、これに反し、このような場合離婚の訴と切り離して独立に子の引渡を訴求することは許されない趣旨であることが窺知できる。そこで、この点からしても、本件のような監護のための子の引渡を求めるには訴訟によるのではなく、家庭裁判所の調停又は審判による道を拓く必要がある。

(5)  従つて、本件の子の監護のための引渡も家庭裁判所乙類審判事件に属させ、同裁判所で、子の利益を規準に自由裁量によつて具体的妥当な法律関係を形成し、それに伴い子の引渡を命ずる方法しか許されていないことに帰着する。

三、もつとも、ここで一言付加すると、子の引渡の訴訟が全く許されないという見解に当裁判所が立つているのではなく、第三者が不法に子を自己の支配下においている場合を想定したとき、そのような場合には、民事訴訟の道しかないことは多言を要しない。(最判昭和三五・三・一五民集一四巻四三〇頁参照)本件は、右のような設例の場合に該当しているのではなくして、離婚によつて指定された親権者である原告が、子を監護するためその引渡を請求するのに対し、原告の夫であつた被告は、自分の方で子を監護するのが適当であるとしてその引渡を拒絶している事案であることに留意すべきである。

四、そうすると、本件は、当裁判所に提訴することはできず、家庭裁判所に調停又は審判の申立をすべきであるが、このような場合本件を家庭裁判所に移送できるかについて考えてみると、家事審判法第一八条に規定があるのは元来地方裁判所に訴が提起できる事件についての規定であつて、乙類審判事件については調停又は審判によつてのみ合目的的に事件が処理され、(同法第一五条参照)従つて訴の提起が許されないのであるから、同第一八条の規定が働く余地はない。そのほか、本件のような場合事件を家庭裁判所に移送することを認めた規定は見当らない。

第二、以上の次第であるから、原告の本訴は不適法として却下するの外なく、民訴八九条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長)

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